盂蘭盆会(うらぼんえ)の時期ですね。
盂蘭盆という言葉は、サンスクリット語の「ウランバーナ」の音写語です。
これは、「逆さ吊り」という意味ですが、どうして「逆さ吊り」という言葉が使われるのでしょうか。
今日は、この〈盂蘭盆会の始まり〉についてのお話を、誰よりも、どこよりもわかりやすくお話ししていこうと思います。
まずは、盂蘭盆という言葉の起源とされました、『盂蘭盆経』というお経の内容をご紹介しましょう。
Contents 目次
1、盂蘭盆会の始まり
今から約2500年程前のインドにおいて、仏教の開祖であるブッダ釈尊(釈迦)が活躍されていた時代のお話です。
釈尊の直弟子に目連尊者(もくれんそんじゃ、モッガラーナ)という方がおられました。
その目連は、釈尊の直弟子の中においては、神通の力が最も優れていると認められていた方です。
1、目連、天眼通(てんげんつう、てんがんつう)で母を探すのだが・・・
その目連が、その修行の途中、すでに亡くなっている故郷の母を想い起こしました。
自分を大切に育ててくださった、あの優しい母が、現在どのような状態になっているのかが気になったのです。
そして、目連は自身の天眼通(超人的な透視力、霊眼)により、母を探そうと思ったのです。
(目連尊者)
まず目連は、その天限通で、〈菩薩界〉と〈縁覚界〉と〈声聞界〉に眼を向けて、母を探しました。
しかし、そこには母の姿は見つかりませんでした。
「ん? お母さんは、ここにはいないみたいだ。では、どこにいるのだろうか?」
ココがポイント
菩薩界、縁覚界、声聞界とは、六道輪廻を脱した、仏に近い高い境界(レベル)のこと
目連は次に、〈天上界〉に眼を向けて母を探しました。
「お母さんは、ここにもいないなぁ。おかしいなぁ。いったいお母さんは、どこにいるのだろう?」
〈天上界〉を探しても母が見つからなかったので、次には、〈人間界〉に眼を向けて母を探しました。
しかしそこにも、母の姿は見つかりませんでした。
「おかしい。あのお母さんがどこを探しても見つからない。
どういうことなんだろうか? 念のため、もっと下の世界を見てみようか」
目連は、さらに下の世界である〈修羅界〉、そして、〈畜生界〉を観て、眼を皿のようにして母を探しました。
しかし、そこにも母の姿はなかったのです。
「いったい、これはどういう事なんだろう。あの優しいお母さんが、どこを探しても見つからない」
ココがポイント
天上界以下は、「六道(りくどう)」といって、輪廻を繰り返す苦しみの世界のこと。特に畜生界、餓鬼界、地獄界は三悪趣といって、最悪の境界である
【参考記事】「六道」の輪廻について詳しい解説です。⬇︎
2、〈餓鬼界〉に堕ちて苦しんでいた母
そこで、さらに下の〈餓鬼界〉をのぞいてみることにしました。
まさか、こんな低い世界に母がいるとは思えませんが、念のためです。
すると、やはり母の姿はありませんでした。
でも、ちょっと気になる〈餓鬼の霊〉が、目連の眼に留まったのです。
その姿は、痩せ細ってお腹だけが膨らんだ、見るも無残な醜い老婆の姿をしていました。
いつもお腹を空かし、大きく眼を見開きながら食べ物を探して、苦しんでいるのです。
まさに、〈餓鬼〉の霊です。
目連はその餓鬼を、はじめは憐れな可哀想な霊だなぁ、とだけ思ったのです。
が、その顔をよくよくみると、なんと、自分の母の顔をしているではないか!
そう、この餓鬼の霊は、目連の母だったのです。
「ああ、なんということだ!
あの優しいお母さんが、どうしてこんな低い世界に、餓鬼の霊となって苦しんでいるのか⁉︎
いったい、どういうことだ!!」
【関連記事】〈餓鬼の霊〉について詳しく解説しました。⬇︎
3、供養を受け取れない、〈餓鬼の霊〉
これは大変なショックです。
目連は、非常に悲しんで、自分自身の神通力により母の傍らに赴き、手づから食べ物を捧げました。
しかし、母はそれを食べることができなかったのです。
目の前に出現した食べ物を手に持って口に入れようとすると、その食べ物が口に入れる瞬間に炎になって、燃え上がってしまうからです。
「熱い!」
〈餓鬼界〉に堕ちている母は、その悪業によって、供養によって目の前に差し出された、その食べ物を食べることができないのです。
〈餓鬼界〉に堕ちている母を見て、目連はとても悲しみました。
でも、どうすることも出来なかったのです。
2、目連、母を救うために、釈尊に助けを求めにいく
1、師の釈尊の指導
その後、目連は師である釈尊(お釈迦様)のところに行きました。
そして、母の現状を訴えて、その苦しみを救って欲しいと願い出たのです。
すると、釈尊は次のように説かれた。
「目連よ、お前の母は、なるほどお前には優しいお母さんだったでしょう。
だが、お前の母は、お前を育てるために、多くの人を苦しめてきたのだ。
貧しい人たちに金を貸して、返せない人たちには容赦なく取り立てて苦しめていたのだよ。
その悪業によって、今、餓鬼界に堕ちて、あのような姿になり苦しんでいるのです。
七月十五日は僧懺悔の日、仏歓喜の日であるから、その日に飲食を調えて十方の衆僧を供養するがよいでしょう。
そうすればその功徳により母の餓鬼道の苦しみも消えるでしょう」
と。
目連は、その教えの通りに行うと、餓鬼界に堕ちた母は成仏して、その苦しみを救う事が出来たそうです。
これが、「盂蘭盆会(お盆)」の始まりです。
2、「盆踊りの起源」もう一つの説
「盆踊り」の起源として、鎌倉時代に一遍上人がはじめた”踊り念仏”が元になっているといわれています。
ここでは別の起源説をお話しいたします。
目連が、自分の母親が餓鬼界から脱出して、その苦しみから救われた時、非常に歓喜し、狂ったように躍り喜んだと言います。
普段は冷静沈着で、真面目で実直勤勉な目連です。
その目連先輩が狂ったように踊り喜んでいる様子を見て、他の修行者は、非常に驚いたそうです。
その目連の踊る姿が、毎年、夏に行われている盆踊りの起源であり、盆踊りの始まりであったといわれるのが、もう一つの説です。
3、『盂蘭盆経』は、どこからきたのか?
1、「盂蘭盆」は、本当はイラン起源だった!?
ちなみに、先にご紹介しましたお話の元になった『盂蘭盆経』ですが、これは中国で作られた経典です。
いわゆる「偽経(ぎきょう)」です。
ですので、目連尊者(モッガラーナ)が本当に盂蘭盆会の成立に関わっていたかどうかは、かなり疑問です。
〈神通力第一〉と言われ、大変な霊能力を持っていた目連尊者のことですから、こうしたお話が中国で作られたのでしょう。
では、盂蘭盆会は一体どこから始まったのでしょうか?
ここでは別の説を、ご紹介します。
実は、「盂蘭盆」という言葉ですが、中世イラン語で「霊魂」を意味する「ウルヴァン」という言葉を漢字で音写したものだそうです。
その古代イランでは、ゾロアスター教が信仰されていました。
そこでは、年末の五日間を「祖霊祭(フラヴァルデガーン)」というのがいとなまれていたそうです。
そうした信仰が、中国に持ち込まれ、「盂蘭盆会」の起源になったとも言われています。
『盂蘭盆経』が、インドではなく中国で作られた経典だとするならば、インド由来の仏教的な要素と、古代イランのゾロアスター教の要素が混じり合って、『盂蘭盆会』が始まった、とも考えられるのですね。
2、さらに遡ると、『餓鬼事経』に
『盂蘭盆経』が中国で作られたとなると、では、その元となったお話があったとも考えられています。
それは、『餓鬼事経(ベータヴァッツ)』ではないかという事です。
その第14章に、「舎利弗の母」というお話があるのです。
そこでは、舎利弗(シャーリプトラ)の4世前の母親が餓鬼界に堕ちていることになっています。
その母がでてきて、舎利弗に救いを求めるのです。
こうした話などの影響を受けて、『盂蘭盆経』が中国で作られたとも言われています。
『餓鬼事経(ベータヴァッツ)』については、また別のページで書いてみたいと思います。
【参考記事】輪廻転生についてのお話しです。⬇︎
【関連記事】目連尊者の神通力を示すエピソード。⬇️
3、まとめ
- 盂蘭盆という言葉は、サンスクリット語の「ウランバーナ」で、「逆さ吊り」という意味である
- 目連は、亡くなった優しい母を探したが、当初、どこにも見つからなかった
- 餓鬼界の霊になっている母を見てショックを受けた
- 餓鬼界に堕ちて苦しんでいる母を救うために、釈尊の教えに従って行った供養が〈盂蘭盆会〉の始まりである
- 『盂蘭盆会』の起源は古代イランのゾロアスター教だったかもしれない
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