前回は、『チベットの死者の書』に説かれている〈輪廻転生〉や死後の世界について見てきました。
今回は、この書の成り立ちや発見など、歴史についてです。
Contents 目次
1、死後の世界が描写されている、『チベットの死者の書(バルドゥ・トエ・ドル)』
1、正しい解脱(げだつ)の方向を示す経典
『チベットの死者の書』とは、現在でもチベットでは、家に死者が出た時に、その枕辺に僧侶が招かれて唱えるお経です。
この経典では、死者が出た時、家族のものが、泣き声や悲しみの言葉を発することを戒めているそうです。
死者の意識を、混乱させるからです。
死の直後の読経は、死者の耳に触れるか触れないかの距離で、語りかけるように行われるようです。
死者の意識が、生きているときとまったく同じように目の前で聞いている様子を思い浮かべながら、唱えられるべきだとされているそうです。
チベット死者の書―仏典に秘められた死と転生 (NHKスペシャル)
『チベットの死者の書』は、英語では”Tibetan Book of the Dead”と訳されています。
これはまた、死後四十九日間の追善回向・鎮魂のお経でもあるそうです。
死の瞬間から次の生の誕生までの間に起こる出来事を描写していて、死者に対して正しい「解脱(げだつ)」の方向を示すための経典です。
『チベットの死者の書』の正式な題名は、
『深遠なるみ教え・寂静尊と忿怒尊を迷走することによるおのずからの解脱』の書より『チョエニ・バルドゥにおける記憶を明らかに呼び起こす、聴聞による大解脱』と呼ばれる巻。
と称されるものです。
一般に『バルドゥ・トエ・ドル(バルド・トドゥル)』と呼ばれています。
バルドゥとは
“途中”という意味で、死はそれで終わりではなく、途中にすぎないのだとされます。
それは“中有”ともいい、死んでから次の生を受けて生まれ変わるまでの意識の中間的状態(中間的時期)のことです。
この経典は、チベット仏教の祖パドマサンバヴァ(8世紀の人)が霊的な啓示を受けて著述しました。
それを弟子のイェシェツォギェルによってガムポダル山中に埋蔵されたとされています。
ですので《テルマ(埋蔵経典)》と言われます。
2、テルマ(埋蔵経典)って何なの?
テルマ(埋蔵経典)とは、パドマサンバヴァに代表される古密教(吐蕃王国時代の密教)の行者が、その修行によってインスピレーションで感得した教えや法を記した経典のことです。
本来でしたら、密教は師匠から弟子へとその秘宝を相伝していくものです。
しかし、もし伝授すべき適切な弟子がいない場合はどうすれば良いでしょうか。
その場合は、師匠は、その秘宝を記した経典を地中などに埋葬して誰にも見つからないように保管したのです。
そうすることによって、後世に託したのです。
つまりテルマ(埋蔵経典)とは、かなり昔に後世に託されて埋蔵され隠されていた経典が、まずあります。
そして、時代の変化とともに、世に必要になった然るべき時に、然るべき人物によって発見される経典、とういうほどの意味なのです。
テルマは、それを発掘した者(テルトン)が、年月を飛び越えて直接秘法を伝授されたことになります。
3、テルマの2つの“発見”方法
テルマの発掘に関しては神託や予言などさまざまなエピソードがあります。
その発見方法には、次の2種類に大別されるようです。
- 発掘者がある種の啓示を受け、それによって土中から発掘する
- 発掘者自身が、霊感を受けてそれを著す。
この2つの“発見”方法があります。
しかし、発見した人が受けた啓示が、はたしてホトケからの正しいものなのかといった疑問が出てきます。
また発見した人の霊感がどれほどのものなのか、というのも怪しくなってきます。
このようにテルマには胡散臭さがつきまとうため、偽経視されることも多いのです。
2、ニンマ派の『死者の書』
1、テルマを重視するニンマ派
チベット仏教は、大きく4つの宗派があります。
その一つにニンマ派というのがあります。
ニンマ派の大きな特徴の一つとして、このテルマを教法として活用していることが挙げられます。
それに比べて他の三派は原則的にテルマに関しては否定的です。
『チベットの死者の書』は、イェシェツォギェルによってガムポダル山中に埋蔵されました。
そのあと、14世紀にパドマサンバヴァの5代目の転生者であるリクジン・カルマリンパによって発掘されました。
そして秘経としてニンマ派に伝承されたのです。
2、ニンマ派とは?
ここでは、ニンマ派版『死者の書』を元にお話ししています。
日本に伝えられているのは、ニンマ派版『死者の書』だけでありました。
では、ニンマ派とはいったい何でしょうか?
チベット仏教は、大きく次の4つの宗派があるのです。
- ニンマ派(開祖:パドマサンバヴァ)
- サキャ派(開祖:クン・クンチョク・ゲルポ)
- カギュ派(開祖:ティローパ)
- ゲルク派(開祖:ツォンカパ)
です。
ニンマ派は、チベット密教で最も古い吐蕃以来の流れを継承する派です。
宗派名は「古派(こは)」を意味する。
ニンマ派の特徴としては、次のことがあげられます。
- 古い時代に翻訳された経典に依拠していること
- 多数の埋蔵経典があること
- 中国の禅やチベット土着のボン教の影響を受けていること
- 非常に呪術など神秘を重視して、密教色が濃いこと
それらの特徴は、“新約”の経典に依拠しているゲルク派などから批判的にとらえられているようです。
ちなみに、ダライ・ラマはゲルク派の法主です。
〈ダライ・ラマ14世〉
3、いくつもの種類の「チベットの死者の書」
1、それぞれの宗派に伝えられている
「チベットの死者の書」は、チベット密教の四大宗派(ニンマ派、サキャ派、カギュ派、ゲルク派)には、内容を少しずつ変えながらそれぞれ伝えられているとされています。
1919年の時点で、以下のものがあると言われています。
- ニンマ派・・・7種
- カギュ派・・・5種
- ゲルク派・・・6種
- サキャ派・・・不明
これまでは日本に伝えられているのは、ニンマ派版『死者の書』だけでありました。
そのほかの派の『死者の書』については、存在は知られていても、内容に関しては明らかにされていませんでした。
しかし最近になって、ゲルク派の『死者の書(クスムナムシャ)』(学研)が公開されています。
(※ゲルク派の『死者の書(クスムナムシャ)』については、また別の記事で詳しく書いていきたいと思います。)
2、エヴァンス・ヴェンツという人
この経典を有名にしたのは、ニュージャージー生まれのエヴァンス・ヴェンツ(1878年ー1965年)という人です。
ヴェンツは少年時代から輪廻転生に関心を寄せていました。
1918年にインドに渡り、若いチベット僧から、「自分の家に古くから伝わるお経だ」と持ち込まれたのが、この『バルドゥ・トエ・ドル』なのです。
この経典を、『チベットの死者の書(The Tibetan Book of the Dead)』と命名したのが、このエヴァンス・ヴェンツです。
👉エヴァンス・ヴェンツ(Walter Y.Evans Wentz)の略歴
1878年2月2日、ニュージャージー州トレントン生まれ。
12歳の頃から輪廻転生に興味を持ち、オカルト関係や神智学協会の出版物を耽読していたといいます。
1907年オックスフォード大学のジーザス・カレッジに入学し、ケルト民族神話の研究を開始する。
1918年にインドに渡り、インド北部の聖地各地を旅行し、翌年には、ラマ・カジ・ダワサムドプ師と出会うことになります。
チベット僧から密教の加持や修行、瞑想法の教えを受けたといいます。
パドマサンバヴァの伝記物語を読み耽ったという。
カジ・ダワサムドプ師はダージリンの英語学校の校長でもあり、彼の協力を得て憑かれたようになって『バルドゥ・トエ・ドル』を英訳したといいます。
1927年8月12日の『チベット死者の書』の刊行に当たっては、英訳の功績の全てを故ラマ・カジ・ダワサムドプ師のものとしています。
みずからはその編集者にほかならない、としています。
1931年1月、オックスフォード大学から比較宗教分野での人類学博士の学位を受けています。
1965年7月17日、カリフォルニアで88歳の生涯を終えています。
〈ポタラ宮〉
4、チベットの人々は、現代のわれわれとは大きく違う!
1、幼い頃より、〈死後の世界〉についての教育を受けているチベットの人々
『チベットの死者の書』の中には、生きている時の心構えや修行のレベルによって、死後にすぐに「解脱」に向かうかどうかが決まると描かれています。
普段の心構えが悪くて悪業を積んでいたり、修行をさぼっている人は、解脱がかなり遅れるということです。
解脱できないだけでなく、次の生は、人間にさえ生まれることが出来ない事もあるとも説かれています。
そこでまず、『チベットの死者の書』に描かれている死後の世界については、次のことに注意しておく必要があると思います。
それは、この経典はチベットの人々のように、幼い頃より師僧侶から〈死後の世界〉についての教育を受けているチベットの人々が前提となっている事です。
チベットの人たちは、われわれ現代の日本人と違って、死後、自分はどうなるのか、また、どうしたらよいのかなどについて、普段の日常生活で教えられているのです。
2、現代日本人とは、かなりかけ離れている
そうしたチベットの人々と、現代のわれわれとは、死後の状況には大きな違いが自然と出てくるのは当然でしょう。
現代のわれわれは、死後の世界に対しては、全くの無知ですね。
それどころか、
「死後の世界なんかないよ」
「人間、死んだらそれで、すべて終わりになるのよ」
「死んだら無になるさ」
といった考えで、刹那的に享楽的に生きている人も多いのが現実です。
最近、時おり見られる無差別殺傷事件に見られるように、刹那的・享楽的な考え方からは、大きな犯罪が生じてくるのも当然かと思われますね。
ですからチベットの人々と違って、われわれ現代人は、本当に死んでしまった時には、死ぬと同時に、これまでになかった大きな衝撃と大激変にぶつかって、パニックになってしまうことも考えられるのです。
では、われわれ現代日本人が死に際して、この経典を僧侶によって唱えられたとしたら、どうなるでしょうか?
僧侶によって唱えられたとしても、死後直後のわれわれの魂がその内容に深く共感し、教えにしたがうことが出来るかどうかとなりますと、かなり疑問ですねぇ。
(チベット語が完全に理解できたとしても)
ですので私は、われわれ現代人の死んでからの状況は、『チベットの死者の書』に説かれているのとは、かなり違った状況であるかもしれないとも考えているのです。
5、まとめ
- 「チベットの死者の書」とは、死者に対して正しい「解脱(げだつ)」の方向を示すための経典である
- チベット仏教の祖パドマサンバヴァ(8世紀の人)が霊的な啓示を受けて著述したテルマ(埋蔵経典)である
- チベット仏教は、大きく4つの宗派があり、ニンマ派がテルマを重視している
- この経典を有名にしたのは、ニュージャージー生まれのエヴァンス・ヴェンツである
- この経典は、チベットの人々のように、幼い頃より師僧侶から〈死後の世界〉についての教育を受けているチベットの人々が前提となっている
【参考文献】 『NHKスペシャル チベット死者の書』(NHK出版)
『原典訳 チベットの死者の書』(川崎信定訳・ちくま学芸文庫)
『チベット密教の本』(学研)
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